1999年4月8日それはノストラダムスの大予
言を間近に控えた一日から話が始まる。
確かにそれ以前に体の異常はあった,駅の階
段を上っただけで息が苦しい。
人間とは勝手なもので自分は正常で周りの奴
らがおかしいと思い始める。
つまり階段のぼって平気な顔してるほうが変
なんだと真剣に周りの奴らを見ている。
冷静になれ,階段を登っただけで深呼吸をし
なければならない,そんなバカな話があるか。
やはり肺がいかれてる。そう考えるしかなか
った。癌か・・・脳裏をよぎる。
いや痛みが一切無い。恐らく肺胞がいかれて
るんじゃないのか。
このままではヤバイ,そして名医のいる病院
の本を読み始めた。もちろん立ち読みで。
呼吸器科を探して,2〜3の病院をピックア
ップした。
最初にがんセンターへかけた,しかし癌じゃ
ないとダメらしい。そりゃそうだな。
次にM病院にかけた,非常に電話応対が悪い。
ましてや紹介状が必要と言ってきた。あほ〜!
そしてT病院へ,応対も丁寧であったし仕事
でも行ったことがあるので,とりあえず決め
た。
そして運命の1999年4月8日を迎える。
S駅は良く晴れていた。
さて健康のために歩こう!これから医者にか
かる奴とは思えない発想である。
S駅から歩いて15分くらいはかかる所に位
置するがなんとか到着。
まずは初診の手続きをするため、入って左手
の所で診察券を作ってもらう。
次に呼吸器科へ,狭い通路のイスには大勢の
人たちが順番待ちをしている。
初診受付の時間を費やした分,先をこされた
結果になり。こりゃ〜待つな。と覚悟を決め
る。
しかしその段階で,これから始まる一月に及
ぶ入院生活を知るよしもなかったEDOSINであ
った。
呼吸器科の患者は思ったほど多くないようで
,20分くらいで名前を呼ばれて入室。
おきまりの聴診器。さぁ覚悟はできている何
とでも言ってくれ!肺に穴が空いているのか?
肺がかたっぽ機能してないのか?え,どうな
んだはっきりしやがれってんだ〜酒持ってこ
〜い
しかし医者は「おかしいですねぇ〜別に異常
が見あたらないようですね」なななななんだ
すて〜
そして私は「なにばかなごと言って」と東北
弁でいままでの経緯を説明した。
しかし医者はあくまでもクールに「それでは
レントゲンを撮って来て下さい」とあっさり
言ってのけた。
うむうむ最初からそう言えばいいんだよね。
と思いながら一時診察室を撤退してレントゲ
ンへ。
しかし大きい病院は撮影したら写真すぐ受け
取って,また診察室へ戻るというスピーディ
ーな対応はすばらしい。
小さいところだと結果は1週間後とかになっ
てしまうが,その辺は拍手拍手。。。
そして再び診察室,「さぁどうなんだ!か・
か・影なんか出ちゃってんのか?はっきりし
ろい。」
口汚いが完全にビビリまくりのEDOSINであっ
た。
私を無視して医者は一言「心臓が大きいです
ね」
え!?し・し・心臓。あたりめ〜よこちとら
生まれは葛飾育ちは江戸川だよ。
じょ〜だんじゃないよ。大きい心の持ち主よ。
はたまた医者は私を無視して「一旦処置室の
方へ移動して下さい。」といって沢山ある診
察室の奥まった所へ連れていかれた。
そこには数個の簡易ベットが置いてありカー
テンで横が仕切られていた。
看護婦に上半身はすぐに脱げるような状態で
お待ち下さい。と言われ,「はい」と素直に
したがった。
まずは採血,たしか注射器で2から3本くら
いとられたと記憶している。何故憶えている
かというと。
「まさか売るんじゃね〜だろうなぁ」と疑っ
ていたからである。
そして心電図らしきものをとられたように思
う。そしてさらに待つこと数十分。
やっと医者が登場「循環器の先生にも見てい
ただいたんですが,心臓が非常にシビアな状
態です。4階にベッドを用意しますので今か
ら入院していただきます。」この医者のセリ
フは明確に記憶している。恐らく私が死ぬ間
際に過去を見るとき絶対出る風景だなと予想
している。
それほど衝撃的であった。普通であれば「入
院された方がいいと思いますから,一度帰っ
てご家族と相談して連絡下さい。」
それが筋ってもんでしょう。それを半ば強制
ですよ。その時の心情を正直に言わせて貰う
なら。
「お前らベット空いちゃったままだと院長に
文句言われるから,人を騙して入院させよう
って魂胆だな!これでボリャがったらただじ
ゃおかねぇぞ!!」
この一文に尽きる。などと強がっていても入
院準備どころか私はその後会社に行くつもり
であったため通勤スタイルそのままであった。
とにもかくにも,会社と家に電話をしなけれ
ばと思い若い看護婦に言ったところ「ちょっ
と待って下さい」と医者に聞きにいったよう
で,なかなか帰ってこない。
そしてやっとお許しを頂き電話コーナーへ。
まずは会社,今までの経緯を説明すると部下
は大声で「え〜〜〜〜〜」と絶叫。
次は自宅,やはり母親も同じような状態。し
かし後で聞いた所によるとその後へたり込ん
でしまったらしい。まさに親不孝の王道であ
る。情けない。。。
処置室に戻ると帰りが遅かったのが,脱走さ
れたのかと思ったらしく私を発見した途端「
いました」とか言われたのは驚いた。
こちらは憶えていないが,すでに私の顔はこ
の処置室では有名のようである。
そしてまたベットに入れられカーテンで完全
に仕切られ脱走不可能な状態にされた。
一番困るのが看護婦が数分ごとに隙間から覗
くのである。それも哀れみを込めた目で・・・
やっぱり騙されてる,キャッチホスピタルに
拉致監禁状態だよ〜とあせるEDOSIN,もしか
してドッキリ?
しかし,この後おとずれるさらなる不幸を知
るよしもなく,いったいど〜なってしまうの
か!
(ガチンコファイトクラブ調)




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