カーテンの外に人の気配がしたかと思うと,
「edosinさ〜ん準備が出来ましたので移動し
ます〜」の声と共にいきなりカーテンが開け
られた。
そこにはなんとなんと車椅子が用意されてい
たのだった。さすがにあっけにとられている
と,看護婦さんが「乗って下さい」といとも
あっさり言ってのけた。「いや,歩けますか
ら大丈夫です」私のそんなセリフをものとも
せず「ダメです乗って下さい」とビシッと迫
力ある言葉で返された。
しかし私にもS駅から健康のために歩いてき
た実績と意地がある。「本当に歩けますから」
と言葉をつなごうとした瞬間,「早く乗って
下さい」と看護婦としての威信をかけたセリ
フを決められた。もうタップであるギブであ
る。「はい」といってベットから降りようと
した瞬間ふくろはぎに激痛が走った。「足つ
った〜」
悪いときには悪いことが重なるものである。
あわててつま先を膝の方向へ引っぱってアキ
レス腱を伸ばすようにしながら,そして激痛
と恥ずかしさに耐えながらふくろはぎを伸ば
した。回りはあっけにとられている。情けな
い。
そして車椅子へ,しかし初めての乗車と小さ
いという感覚で違和感だらけである。それも
カバンを胸にかかえて,ある意味強制連行で
ある。
不思議なもので,車椅子に乗ってしまうと自
分の意志とは無関係に動かされるので,どこ
をどう移動して4階に移動したかさっぱり思
い出せない。
とにかく人混みの中を回りの好奇の目にさら
されながら,かき分けかき分け進んでいった。
そしてエレベーターの前で止まり,大勢の患
者や見舞い客に紛れ4階へ着いたのだった。
4階は驚くほど静かで,まさに病棟ですとい
った雰囲気である。ここでバトンタッチ,病
院という組織は完全に分担が成立しているよ
うで,4階には4階の担当があり患者を引き
渡せば,ここまで車椅子を押してくれた看護
婦さんの仕事は完結するのである。
しかし分担はしているものの連絡はいい加減
である。ベットの準備はまだできておらず待
たされた。もちろん車椅子でである。
そして,なんだか訳がわからんが身長と体重
が計られた。驚くべき事に体重を背広を着た
ままで計ったのである。そして翌日パジャマ
で計って5キロ弱痩せて看護婦が驚いていた。
。。のを見て私が驚いた。お前らは「アホか
〜〜」!!
このときは,まだまだ疑心暗鬼状態だったの
で悪態をついているが,後に「看護婦さんは
エライ,アホな医者よりエライ」と思うよう
になっていく。
そしてやっと6人部屋に通されベットへ,し
かし背広姿のままで・・・まさしく間抜けで
ある。つまり入院患者は横になっていること
が基本姿勢であるのでテリトリーはベットそ
のものしかない。
仕方がないので,家の者の到着まで体育座り
でボ〜ッとしていた。
そこに,いかにもベテランもしくは婦長と思
われる女性が登場し「とりあえずこれを着て
いて下さい」とパジャマを渡された。
着替えが終わると入院のしおり(いわゆるメ
シはいくらで,一泊いくらで小部屋は差額が
どうたらこうたらと貧乏人には無関係な事が
記載されている)を渡され,次にトイレの位
置と注意事項の説明。
少々汚い話であるが,循環器の病棟では口か
ら入るモノと体から出ていくモノを完全管理
している。
入るものは病院食のみで間食は一切禁止。出
るモノは尿はトイレで溲瓶にいれて,自分の
名前のついているタンクに入れる。大の方は
朝七時までと午後四時に体重を計測して記入
する。朝の看護婦さんの問診では「お通じは
ありましたか」と必ず聞かれる。あまり無い
ようだと下剤を渡されてしまうのである。
そしてオヤジ様の到着。話は前後するが,我
が6人部屋のルームメイト平均年齢はど〜み
ても60以上である。つまり私のオヤジと同
年代もしくは以上のお歴々が入院されている
のである。私はまさに小僧扱いである。
オヤジが入院しているならともかく,小僧の
私が入院しているのでは逆さまである。これ
も肩身の狭い入院生活の序章である。
ちなみにオヤジ自体が入院経験者なので,持
ってきて下さったモノに狂いはなく。当座の
必要最低限のものは準備万端整った。しかし
出不精のオヤジが何故ここに・・・何と母親
はショックのあまりへたり込んでしまったと
のこと。情けなさすぎて涙もでない。しかし
本当の試練はこれから始まるのである。
オヤジも帰り少したってから若い医者が登場
し症状の説明をされた。その時の説明は上の
空でよく憶えていないが,原因が分からない
と言われたのはショックで憶えている。
そして今日から三日間食事は抜いて頂きます
とのお達し,すごい台詞をいとも簡単に医者
という人間は言う。
いよいよ点滴人生の始まりである。24時間
×3日ぶっとおしルマン三本勝負の世界であ
る。それも大袋2袋と小袋1つ。大袋は輸液
で小袋は利尿の薬である。
しかし何が辛いかというと,食べないという
こともあるが,回りのルームメイトが食事の
時間に食事をしている「音」が辛い。食べる
音である。
つまりみんなで断食しているのなら耐えられ
る,しかし回りが食べているのに自分だけ食
べられない状況が辛い。読者の皆様も一度お
試し下さい。晩ご飯時に家族が美味しそうに
食事している中で一人食べずにいる。
そのうち母親が「そんなにあたしの作った物
が食べられないんなら食べなくて言い」と激
怒する。父親が「母さんに謝りなさい」とプ
ルプルしだす・・・って話がそれましたすみ
ません。。。
若い医者がもう一つ言ってのけたのが,「点
滴をした状態ではトイレに行くのが大変でし
ょうから,尿道にカテーテルを通してベット
の下の溲瓶に入るようにしましょうか」とい
う台詞である。さすがに頭に来てきっぱり断
った。こいつの頭にはマニュアルしかないと
悟った。その当時私は39歳である。こいつ
の目には回りの老人と私は一緒に写っている
ことを確信した。
このとき痛感したのは,病院とは病気を治す
所であるが病人を作り上げるところでもある。
ということである。ここでもう一つ言ってお
きたい,医者がどう言おうと断るべきことは
きっぱり断るということである。
ちょっと興奮してしまいました。
ではまた。。