入院生活もおよそ3週間で点滴が外され、心
臓に貼り付けていた機械もなくなった。はれ
て自由の身となった。
しかしこの時期には、私が入院してきた時の
ルームメイトの皆さんは無事退院されて一人
もおらず、すべて私の後から入院されてきた
方々(といっても私が一番年齢が若いが)な
のである。ある意味古参の牢名主である。
牢名主の仕事として大変だったのは、お年寄
りの場合深夜に点滴切れのブザーが鳴っても
耳が遠いことと当の本人が熟睡しているため
に気がつかないのである、それで代理で私が
ナースコールボタンを押して入り口で看護師
さんに知らせる作業だった。

また、羨ましいことに私より後から入院して、
先に退院されるというケースの方もいて。そ
の中で蒲田でペットショップを経営されてい
るSさんという忘れられない人がいた。
このSさん年齢は60代前半という感じだが、
実に愉快極まりない。
Sさんは私の隣のベッドにいらしたのだが、
ある日何故か食事の時間でも無いのに醤油の
良い香りするのである。そしてカーテンで仕
切ったその隣で「ぼりぼり、ぱりぱり」と音
がする、なんとSさん煎餅を食べているので
ある。それも入院スタートして数日である、
なんという無鉄砲というか命いらずというか。
また、息子さん夫婦が面会に来られたときに
Sさん曰く「病院の飯は甘くってしょうがね
ぇよ、家で使ってたふりかけ持ってきてく
れ」とあっさり言ってのける。まさに豪快で
ある。
そして一番面白かったのが、Sさんの手術が
いよいよ明日という日に、その下準備のため
に新人とベテラン看護師がやってきた。いわ
ゆる剃毛(ていもう)というやつである
先に少々補足説明すると、循環器内科の心臓
手術は特に高齢者の場合、開胸手術に耐えら
れないため大腿部よりカテーテルを胸へ導い
ていく方法がとられる、つまりその際に術創
感染の原因になるその周りの毛を剃るのであ
る。早い話が盲腸の手術で剃られるのと同じ
である。
ベテラン看護師「Sさ〜ん明日手術ですから、
毛の処理させて下さいねぇ」
Sさん「おぉ〜いいよ、ばっさりやってく
れ」
ベテラン看護師「今日は新人にやらせますの
でお願いしますね」
Sさん「あ、そうなのいいよ」
新人看護師「よろしくお願いします」
Sさん「はいよ」
という具合に儀式は円満に進行していったか
に見えた、がしかし・・・
その後、やはり手術前日ということもあり息
子さん夫婦が訪れた。
Sさん開口一番「まいったよ、新米の看護婦
に剃られてさぁ、傷だらけだよ。これじゃ斬
られ与三郎だよ。」その後誰彼かまわず、そ
の話題をしゃべりまくっていたのは言うまで
もない。

さて、はれて自由の身になってふと思い出し
たのが、今更ながらの入院手続きである。書
類はそろっているからいっちょやってくるか
と、エレベーターで1階まで降りた、そして
フロアーにでた瞬間外来の人たちの動きの早
さ(本当はいたって普通の動き)に目が回っ
た。まさに「あ」と思って立ちつくした。そ
して入院手続きのカウンターへ自分では普通
に歩いてるつもりが、辺りの人にどんどん抜
かされていく。入院というのはこんなにも体
力を無くすものなのかと痛感した。これはヤ
バイと思いリハビリを開始したのである。
看護師さんに聞くと「病院の8階に新館と本
館の渡り廊下があり、それを通って本館に行
き階段で上がると9階に遊歩場がある。」と
教えてもらい行ってみた。ベンチもあるので
ゆっくり歩いて、一往復したらちょっと休む
といったかんじである。太陽の光がこれほど
ありがたい思ったことはなかった。ちなみに
利用している人がほとんどいないのには驚い
た。やはり面倒くさいのだろうか、たまに不
健康そうな少年が本を読んでいた。

いよいよ退院の日が正式決定した、忘れもし
ない5月8日である。入院が4月8日である
からちょうど一ヶ月となる。あまりにもぴっ
たりで何か裏がありそうだったが、もはやそ
んなことはどうでもよかった。そしてその一
週間くらい前に、以前夜中に私を無視した医
者が訪ねてきて、一通の書面を見せて言った
「治験に協力してもらえないでしょうか、い
わゆる新薬としてこれから出す薬を試しに使
っていただくということです。もし万が一何
らかの症状が出た場合は病院が責任をもって
対処します。とりあえず書面を読んで納得い
ただけましたら署名捺印してください。また
後できます。」と言って帰っていった。
お前はアホか「治験くらい知っているっつー
の、仕事抱えてる現役サラリーマンが治験に
付き合ってる暇(入院が1週間から2週間程
度延びる)は無いんだよ。ただでさえ入院費
払ってるのに、こっちはとっとと娑婆の空気
が吸いたいんだよ。」と言いたいのを我慢し
て、後日来たときに「お断りします」ときっ
ぱり切って捨てた。今風でいえば、「あんた、
シカトは得意なくせに、人に治験頼もうった
ってそうはいきませんから!残念!!製薬
メーカーからなんぼもろうとんじゃい斬り」
そして彼はとぼとぼと帰っていったのだった。
しかしそんな不愉快な思いだけでなく、最後
の週はお世話してくれた看護師さん一人一人
が「もうすぐ退院ですね、おめでとうござい
ます。」と声をかけてくださり。感激したし
だいである。あなた方の笑顔と処置が病人ひ
いてはアホ医者から患者を救っています。一
ヶ月の入院で確信したことは、入院患者の生
の声を聞き一番直に接しているのは看護師さ
んあなた方です。本来医者がするべきことを
しているような気がします。
若いアホ医者が手術の失敗談を隠れてしてい
たり、看護婦との飲み会の話をエレベータで
しているのを数回聞いた。全部が全部とは言
わない、こんな奴らが医者なのかと腹立たし
かった、医師国家試験いや大学のカリキュラ
ムを見直すべきである。老人介護を含めたボ
ランティア活動を100時間位させて人のた
めに何かすることの大変さや意義というもの
を根本的に教えないと、単に算数や理科や英
語の点数が良いだけで医者になられてはたま
らない。

そして退院の日、前日に事務の人が精算した
請求書をもってきていたので病院の自動支払
機でお金をおろして支払いをすませ。荷物が
結構な量になったので宅急便で先に家に送っ
た。兄と両親が車で来てくれるということで、
背広に着替えて・・・この背広が入院時には
ぴったりだったものが、ブカブカになってし
まっていた。なんと体重が24キロも減って
いたのである。
その日の昼の病院食のお金は払っていたのだ
が、その前に家族が来てくれたのでとっとと
帰ることにした。最後にルームメイトの皆様
全員に挨拶をして病室を後にした。やっと挨
拶をする側にまわれた、それが叫びたいほど
本当に嬉しかった。

ところが意気揚々と病院を一歩出た瞬間、歩
けなくなった。病院内は普通に歩いていたは
ずなのに外では歩けないのである。愕然とし
て病院の花壇に腰掛けると兄が「いいからそ
こで待ってろ車とってくるから」といって駐
車場の方へ走っていった。一言で言うと「重
い」のである。体なのか大気なのか辺りの風
景全部なのか。今思えば、単に目に映るもの
の動きが早くて目が回り、なおかつ筋肉が完
全にへなちょこになっていたのだろうと思う。
そして一家そろって初めてのドライブで家に
向かった。車の窓を開けさせてもらい風にあ
たりながらうとうとしていた。兄は途中ご飯
でも食べて行こうと言ってくれたが、ショッ
クでそれどころでは無かった。家について車
を降りてヨタヨタと玄関を入った。お〜〜一
ヶ月ぶりの我が家の臭いだ。汚いけど楽しい
我が家だ。その日はぼ〜っとして久々に母親
の手料理を頂いて寝てしまった。
退院したもののやはり翌朝も夜明けとともに
目が覚めた、入院中のタイムテーブルが体に
染みこんでいる。いっちょリハビリだとヨタ
ヨタと外に出て江戸川の土手に上った、
「お!昨日より歩ける」と思いながら、河川
敷に降りたとたん動けなくなり、その場に座
ってしまった。数分後心配した父親が様子を
見に来た。情けなかった、まともに歩くこと
もできなくなっている。一生運動は出来ない
のだろうかとそんな不安が頭をよぎった。す
ぐに仕事に復帰できるつもりでいたのに、こ
れでは電車にすら乗れない。
しかし生来の負けず嫌いのため、とにかくリ
ハビリをしようとスタートさせた。とにかく
歩くこと、そしてたとえゆっくりでもいいか
らその距離を徐々にのばすこと。冗談ではな
く当初約1キロ歩くのにおよそ一時間を要し
た。携帯電話はある意味ライフラインであっ
た。でかい体のおっさんがスロモーに歩く姿
ははたから見たら異様であったにちがいない。
そして退院から一週間後、根性で職場に復帰
した。
春の日の暖かい日差しに照らされた交差点の
横断歩道の白い色が眩しくて見られなかった。

最後に
色々と悪態をついてまいりましたが、もし病
院に行くことを先延ばしにしていたら、はた
また医者が心臓の病変に気がつかなかったら、
そして強制的に入院させられなければ、きっ
と私はこの物語を書くこともなくこの世には
いなかったでしょう。いろいろな偶然が重な
って生き延びることができた、いや生かされ
たんだということを痛感します。そして感謝
します。

瑞江のKさん、蒲田のKさん、貴重な時間を
割いてお見舞いに来て頂きありがとうござい
ました。
平井のKさん、おつかいだてを色々お願いし
たりとすみませんでした。助かりました。
本牧のNさん、沢山の漫画ありがとうござい
ました。看護師さんに「漫画読んでらぁ」と
バカにされました。でも良い時間つぶしにな
り助かりました。
バンドのKさん、結婚式いけなくてすみませ
んでした。
バンドのAさん、お祝いを代理で持っていっ
てくれてありがとう。ちなみに私は痔で入院
していたのでない(笑)。
会社のKさん、休みの日なのにわざわざお見
舞いに来て頂きありがとうございました。
会社のTさん、富士山の写真集ありがとうご
ざいました。
社長&部長、でっかい花ありがとうございま
した。世話がたいへんでした(笑)。枯れて
ないものだけ選定して母親が持ち帰りました
(爆)。
兄上様姉上様Sちゃん、沢山の本と携帯ラジ
オすごく助かりました、また家族でわざわざ
来てくれてありがとうございました。
父上様母上様、一世一代の親不孝をしてしま
いました。お詫び申し上げます。
あ!
いかんいかんお嫁様(当時はまだ)、牛乳の
密輸に荷担させすみませんでした。そしてあ
りがとう。




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